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ママ
子どもが生まれて
自分の時間というものが無いとか
ゆっくりお出かけする時間が無いとか
音楽を聴いたり映画を見たり
そういうことが出来なくなってくる。
一人目、二人目、そうして三人目が生まれてから
だんだんとそんな出来ないということが
当たり前すぎて、もう
出来ないことに対する苛立ちや焦りなんてのも
無くなった。
もう、自分の時間がない、と思う時間さえ無い。
お出かけとか自分の趣味の時間なんていうことが
頭をよぎる時間さえ無くなり、
もっと現実的な、
トイレに行く時間が無いとか眠る時間が無いとか
食事をする時間が無いとかお化粧する時間が無いとか
お風呂にゆっくり入る時間が無いとか
そんなことになっていく。

けれど、それらが本当に永遠に続かないと知った時
とても貴重で、とても輝いているように見えてくる。
大声で叱っている時だって、怒っている時だって
眠たい時だって、ボサボサの髪で保育園へ連れていく時だって
化粧が取れた状態で保育園へ迎えに行く時だって
ああ、この瞬間はもう無い。
映画だって本だってこの先いつでもできるが
子どもの、いま、と過ごすことはこの先出来ない。
三人目の娘の成長を眺めていると
その気持ちがいつも強くなる。

気が狂いそうになるくらい腹が立っていても
こういうことがあるから、
もう笑顔になるしかないのです。
それが母ということ。
母にならせてもらう、ということかも。











・・・ハッピーバースデー、ママ!









| 森脇智美日記 | 23:11 |
知らせ

次男の体調が悪い。
来るぞ、来るぞと
体がお知らせしてくれる。
台風が来るんだと。
体の中がそわそわして落ち着かないのだろう。
だから、きまってお知らせしてくれる。

子どもの喉から漏れてくる音に
私は耳を近づけて、体の音を聞く。
窓を閉め、窓を開け、
布団をかけて、布団をとって、
腕を温め、背中の熱を逃がし、
蜂蜜を飲ませ、
小さく丸まった背中をさすりながら
夜を過ごす。

来るぞ、来るぞと、
数日前からお知らせが来る。
知らせてくれてありがとうと思うが、
お知らせなんていらないんだ、とも思う。
思いながら子の胸に耳を近づける。




| 森脇智美日記 | 14:51 |
時に
時には団子のようになって
時には各々で立ち上がり
時には折り重なって寝転がり
時には自分と向き合う。
真っすぐに見つめて
触れあって温度を確かめあう。
支えているつもりが支えられ
気持ちを寄せるつもりが、
相手からの純粋な感情に包まれて。

美しく生きることなんて
かっこよく生きることなんて
お洒落に生きることなんて

親子でそばにいたら
夫婦でそばにいたら
家族で一緒に居たら
それはもう、がむしゃらに向かうしかない。
何が起こるか分からない。
何を感じるか分からない。
分からないからそばにいる。

時には丸まって、時には個々で
時には積み重なって、時には蛇行して
時には手を握り合い。
何が起こるか分からない。
分からないからそばにいる。
大人になったと思い込んでいた自分たちを
生きることを、進むことを、
本気にさせるのが子どもなのかもしれない。




| 森脇智美日記 | 23:51 |
必死で

親にとって悲しいことは何だろうかと
思えば、だれだってそれは
自分より先に子どもの命が無くなってしまう
ことではないだろうか。
だから親になった私達は他の事で悲しんではいけない。
子どもがテストで百点を取れない時に
かけっこで一番になれない時に
賞を取れなかった時に
学校に行けなかった時に
上手に絵が描けなかった時に
勉強が出来なかった時に
悲しんだ顔を見せてはいけない。
いつだって、どんなときだって親が一番悲しいのは、
自分より先に子の命が無くなってしまうこと。
だから他の事柄で悲しい顔なんて見せてはいけない。
危ないと怒るのは命に関連することだからだ。
走るなと叫んでしまうのは死んでほしくないからだ。
時に力づくで、本気で、必死で叫んでいるのは
生きて欲しいからだ。
だから親になった私達は他の事柄で悲しい顔なんて
見せちゃあだめなんだ。
いつだって、どんなときだって
親として一番悲しいことは何だろうかと思えばいい。
子どもに何を伝えたらいいのか自ずと出てくる。
その一つのことのために親は必死で生きている。
必死でそばにいる。必死で叫んでいる。
必死で抱きしめている。



| 森脇智美日記 | 22:16 |
三世代
広島、八月六日の早朝。
歩いて平和公園へ行きお祈りをする。
昔私が子どもだった頃、
父と母と祖母と、眠たい目をこすりながら向かっていた場所へ
今年は、
「おじいちゃん」になった父と、「おばあちゃん」になった母と、
「ママ」になった私と、主人と子どもたちで。
小さなころから毎年してきたこと。
いま私の小さな手をひいて歩いていた父は
私の娘の小さな手をひいて歩いていた。

夏休みの間の様々な思い出は、あまり記憶していないのに
こうして薄暗い涼しい早朝に起こされて
この場所に家族で訪れた記憶はしっかりと残っている。








| 森脇智美日記 | 14:57 |
夏休み回想記
八月に入り
保育園へ通う次男を夏休みということで
月末までお休みにした。
それから森脇家の慌ただしい夏の日々が始まったのだ。

8歳と5歳と2歳と三人の子どもが
それぞれ、やりたいことが異なり
また出来る力が異なり
それでも、やりたいんだという主張は強く、
朝から晩まで、泣き叫び、はしゃぎ、飛び跳ね、笑い
怒り、蹴り合い、叱られ、拗ねて、仲直りして、の
一日が続く。

一緒に、野球をして、かるたをして、ブロックをして
工作をして、お茶会して、手紙を書いて、妹に本を読んでやり
走って、こけて擦りむいて、ひっかきあって、怒鳴り合って
草を抜いて、自転車に乗って、体操して、叫んで、怒って、
怒られて、笑って、はしゃいで、転げまわって、
ぼんやりして、寝て、の毎日。


兄弟で取っ組み合って、もみ合って、いろいろあったけれど
そういうことが出来るのも長い休みしかない。
このドタバタした生活に慣れてきたと思ったら
二学期が始まり長男は学校へ、その一週間後に次男は保育園へ、
私と娘と主人と、
何だか部屋がシンと静まり、
家に居ても製陶所にいっても、
5つの命で固まって動いていた数日間を思うと
どこに行っても広く感じるから不思議だ。

家ってこんなに静かなんだねと主人が呟く。
秋の風が少し肌寒い。
たとえ小さなものでも共に固まって寄り添っていたら
熱くて、あったかくて、強い。




| 森脇智美日記 | 15:17 |
夏休み
小学校の夏休みが始まりました。
と言っても
主人の仕事上、特に土日も関係ない一年を過ごしていますので
あまり毎日に変化はなく
同じように朝起きて、次男を保育園へ送ってきて
それで家に一人子どもが増えたような感じです。
娘はお兄ちゃんと遊べるからと大喜びです。

去年は、毎日辞書引き学習を頑張ろうと目標をたてたので
今年は別のことを毎日続けてみよう、と目標をたてました。


さっそく絵を描こうと
製陶所へ行ってスケッチしています。

| 森脇智美日記 | 11:06 |
一回り

昨年の夏祭りから
我が家にいたカブトムシのオスとメス。
四か月も生きて、赤ちゃんを産み、冬を越し
土の中に潜っていた幼虫が
同じように夏の時期に出てきました。
ついに。
毎日虫たちの部屋の掃除と餌やりを頑張って
長期に家を空ける時は、ケースも一緒に持っていた。

何日かずらしながら、まずは、オス、そしてメス。
そして少し弱っている感じのオス、またオス。
8匹いた幼虫の半分が出てきました。
全部は飼えないので、(クワガタも何匹もいる)
一匹オスを残して、他は森へ帰そうという話になった。


一番元気で一番強そうなものを残したら?と私が言ったら
長男は、
強かったら、森の中でも生きていけるけど
小さい体のはもしかして戦いに負けて死ぬかもしれない。
そうしたらお墓を作ってやれないから、
と、強そうなのを森へ、少し小ぶりなものを家に残すことにした。

一匹弱っている感じのオスはどうしようか、と長男に尋ねたら、
いま森へ出したらすぐ死ぬから嫌だ。
最期まで看取りたいから残す。
と、言った。
その言葉は、どうしようかなーという感じではなく、
自分の意見としての強い意志を感じた。


目の前にいる生き物が、
結婚して出産して、死んで、
腐葉土などを混ぜて作った布団で赤ちゃんを寝かせて
そうして寒い冬を乗り越え、次の夏になって
生まれた。

一周回った。
生きるということは直線ではなく
円を描くように、ぐるりと回っていく。
始まれば終わりが来るが、
終わりは次の始まりだ。





| 森脇智美日記 | 15:21 |
整える
気持ちを整える。
場所を整える。
距離を整える。
体勢を整える。
時間を整える。
食事を整える。
関係を整える。

あわただしい暮らしの中で
ひとつひとつ整えるということは
時間がかかり、手がかかるけれど
どんなに小さなことでも自分が出来る範囲で
ひとつ取り組めば、
次のひとつに取り組むことが出来る。
ひとつ、ひとつ、ゆっくりと
自分のスピードで、自分の心が決める範囲で
動くことが、一番無理がないのかもしれない。
| 森脇智美日記 | 15:53 |
歩いてみる
広島の実家周辺を散歩する。
独身時代一人で歩いている時とは視線が変わり
公園を見つけると嬉しくなる。
ほとんど街へは行かなくなった。
街の中は子ども三人連れていって楽しめる場所ではない。
親も疲れ、子も疲れる。
街のスピードと子どものスピードが合わない。
だから実家へ行っても、最近は近所の散歩ばかりしている。
川沿いを歩いたり、ビル工事中のそばを歩いたり。
通っていた幼稚園を見たり、小学校まで歩いたり。

広島の空は雲がずっと高くにあるように感じる。
これから日差しが強くなるんだろうな。


| 森脇智美日記 | 15:58 |
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