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少し前に見つけたどんぐりは
黄緑色だった。
そしてほとんど茶色のどんぐりに
なりました。
拾っても拾っても
転がっているどんぐりは
子どもにとっては
宝探しのように楽しい時間。



| 森脇製陶所の様子 | 15:14 |
暗闇へ

真夜中に出かけて
製陶所にこもっています。
真っ暗な場所の中で
ポツンと建つ箱の中に
ひっそりと。
窯焚き。



| 森脇靖の様子 | 00:43 |
玄関に

行ってきますと出かけたら
ただいまと帰ってくること。
行ってらっしゃいと手を振って
おかえりと濡れた手をタオルで拭きながら
玄関にかけつけるから。
どんなことがあっても
どんな時でも
母は母で。
どんな時でも
死ぬまで母だから。
迎え入れてくれる家と同じ。
全世界の人が敵になったとしても
母だけは味方でありたいと。
不器用で足も遅くて何の特技もないような私だが
もうそれは、いつでも真剣に向き合うしかない。
それはもう、私は私だけれど、
それはもう、母だからだ。
なんにも出来ないかもしれない。
それでも、それでも真剣な気持ちだけでも
それだけも持ち続けたい。



| 森脇智美日記 | 00:39 |
火の時間

今日の森脇靖。

雨降り。
肌寒くて何を着ていいのか悩みながら仕事場へ。
素焼きと釉薬掛け。
私と娘と製陶所でお弁当を食べて
保育園へ次男を迎えに行く。
早く行き過ぎてまだ食事中だったので一度帰宅して、
そうしてまた迎えに行き自宅へ連れて戻り、
急いで製陶所へ戻る。
夕方には柿の木を伐採したようです。

窯焚きの時は
火を見る時間があるので
火の時間に合わせて家族が動きます。
| 森脇靖の様子 | 22:29 |
ローマ字

サンタさんはね
だれもあったことないんよ。
ねとるときに、こっそりきてね
玄関にプレゼント、置いて行ってくれる人なんよ
でも、会えんのんよ。
あってもね、外国の人じゃけえね、
ローマ字で話しとるんよ。
じゃけぇねー ローマ字じゃないと話せんのんよ。


(次男)
| 森脇智美日記 | 22:18 |
吹いて

森脇靖が何か細かい作業をしていたので
私はもしかしてと想像して
ああ、もしかして、こうしようとしているのかと
思い込んで、勝手に思い込んで、決め込んで
その頭のまま、主人に話しかけてみたら
私のその頭がそのまま吹き飛ぶくらい
全く違うことを考えていた。
何やら試作していたのだと言う。
その世界が面白すぎて私は吹き出して
一人で朝から笑ってしまった。
自分が考えていた薄ぺらの思い付きが
本当にペラペラで、窓から外へ飛んで行ってしまった。
思い出してみても何だか面白くて、
また一人で笑ってしまう。
もう一度説明を聞きたいくらいだ。

| 森脇靖の様子 | 23:45 |
真夜中に

長男が小学校の図書館で本を借りてきてくれる。
「これ面白いから」と言って。
今度みんなで読もうねと私が言うと
「もう明日には帰さないといけないから
今日の夜のうちに読んどいて、それで
ランドセルに入れといて。」と。
そんなにすぐに返さないでもいいのだろうが
何か理由があるのだろう。
子どもを寝かしつけて、あれこれ夜中に作業をして
それで真夜中に急いで読んでいる。





| 森脇智美日記 | 23:38 |
食事の支度

待っててね
いま 作りよるけぇね
もうちょっとで
できるけぇね
まだ トット呼んできちゃいけんよ
もうちょい なんよねー



| 森脇製陶所の様子 | 23:26 |

製陶所の正面に
森脇靖が置いた壺に
水が溜まっていた。



| 森脇製陶所の様子 | 15:30 |
感想をダンスで
絵本から童話への移行時期に
幼年童話というものがある。
自分で読めるようになる喜びがそこにある。
しかしまだ長い文章を読む集中力や語彙力が足りないので
あまり文字数を多く出来ない。
一冊読み終えるという達成感が無ければ
次を読もうと思わないからだ。
対象年齢が小学生中学年と表記される本は
よほど本好きな子でなければ低学年では読めない。
または字を追うことはできてもそれが頭の中に入り
情景が浮かび主人公に感情移入をして、、
というところまでは難しいかもしれない。

でもこの中学年以降を対象としている本は
長いからこそ味わえる世界があり実に面白い。
話の筋は単純ではなく様々な登場人物の感情や行動が
後々のお話に響いてくる。読了後は
2時間たっぷりの映画を見たように、
はあーと魂が抜けていくような息が自分から出るようだ。
子どもが自ら「本って面白いね」と感じる瞬間ではないか。
この中学年以降の面白い本と出会うために
幼年童話があるのだと思っている。
スムーズにバトンタッチするように。

だから、低学年の内は本の感想なんて子どもに求めたらいけない。
もちろん本好きな子が自分の感想をノートに書いたり
人に伝えたりするのは素晴らしいことだが
文字を書くのが苦手な子どもが、本を読むたびに感想をもとめられたら
読むこと自体が面倒になる。
おしまい、と言って本を閉じたら、
「あー面白かった」と、子どもが言う。
それでいい。
小さいうちは、「あー面白かった」だけでいい。
むしろ、それがいい。
面白いが継続すれば必ず中学年になっても本を読む。
面白く感じなければ、何歳になっても本を楽しむことは出来ない。
どんな本でも図鑑でも写真でも漫画でも
「あー面白かった」があれば、いいと思う。


運動が大嫌いな私が、たとえば
人の勧めもあって山登りをして、
その時感じたことを、ダンスで表現してください、
なんて言われたら、ゾッとしてしまう。
苦手なうえに苦手なもので表現するなんて
もう二度と山登りなんてしようと思わないだろう。
私は読書も感想文も好きだったので苦ではなかったが
苦手な子からしたら読書と感想文はかなりの重荷だろうと思う。
そもそも読書というのは、誰かの為にするものでもない。
ただ自分が読みたいと思って読み終えればいいだけの話だ。
読みたくない人は読まなくてもいい。
自分の興味関心を深めたい人が読めばいい。
焦らなくてもいい。
読みたいときに読みたいものを読めばいい。
何にも縛られない世界だから。

そうして中学年以降になると
だんだんと「自分」というものを強く意識する。
そして「他者」を意識する。「親」を意識する。
様々な状況や感情の動きを読み取れるようになる。
その時にようやく読了後の「自分」の感想が生まれ
それらを文字に出来る、また他の子の意見を聞いて
自分の感想を照らし合わせてまた何かを感じることが
出来るのではないか。


子どもが「読んで」と言ってくれるうちは
どんな長い本でも、時間がかかってもいいから
読んでやろうと思う。
自分で読みたいときは、自分で読めばいい。
読んでほしい時は読んでやればいい。

いやいや、
そうじゃない。
読んでやるのではなくって、
私が読みたいだけか。。



| 森脇文庫 | 15:15 |
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