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感想をダンスで
絵本から童話への移行時期に
幼年童話というものがある。
自分で読めるようになる喜びがそこにある。
しかしまだ長い文章を読む集中力や語彙力が足りないので
あまり文字数を多く出来ない。
一冊読み終えるという達成感が無ければ
次を読もうと思わないからだ。
対象年齢が小学生中学年と表記される本は
よほど本好きな子でなければ低学年では読めない。
または字を追うことはできてもそれが頭の中に入り
情景が浮かび主人公に感情移入をして、、
というところまでは難しいかもしれない。

でもこの中学年以降を対象としている本は
長いからこそ味わえる世界があり実に面白い。
話の筋は単純ではなく様々な登場人物の感情や行動が
後々のお話に響いてくる。読了後は
2時間たっぷりの映画を見たように、
はあーと魂が抜けていくような息が自分から出るようだ。
子どもが自ら「本って面白いね」と感じる瞬間ではないか。
この中学年以降の面白い本と出会うために
幼年童話があるのだと思っている。
スムーズにバトンタッチするように。

だから、低学年の内は本の感想なんて子どもに求めたらいけない。
もちろん本好きな子が自分の感想をノートに書いたり
人に伝えたりするのは素晴らしいことだが
文字を書くのが苦手な子どもが、本を読むたびに感想をもとめられたら
読むこと自体が面倒になる。
おしまい、と言って本を閉じたら、
「あー面白かった」と、子どもが言う。
それでいい。
小さいうちは、「あー面白かった」だけでいい。
むしろ、それがいい。
面白いが継続すれば必ず中学年になっても本を読む。
面白く感じなければ、何歳になっても本を楽しむことは出来ない。
どんな本でも図鑑でも写真でも漫画でも
「あー面白かった」があれば、いいと思う。


運動が大嫌いな私が、たとえば
人の勧めもあって山登りをして、
その時感じたことを、ダンスで表現してください、
なんて言われたら、ゾッとしてしまう。
苦手なうえに苦手なもので表現するなんて
もう二度と山登りなんてしようと思わないだろう。
私は読書も感想文も好きだったので苦ではなかったが
苦手な子からしたら読書と感想文はかなりの重荷だろうと思う。
そもそも読書というのは、誰かの為にするものでもない。
ただ自分が読みたいと思って読み終えればいいだけの話だ。
読みたくない人は読まなくてもいい。
自分の興味関心を深めたい人が読めばいい。
焦らなくてもいい。
読みたいときに読みたいものを読めばいい。
何にも縛られない世界だから。

そうして中学年以降になると
だんだんと「自分」というものを強く意識する。
そして「他者」を意識する。「親」を意識する。
様々な状況や感情の動きを読み取れるようになる。
その時にようやく読了後の「自分」の感想が生まれ
それらを文字に出来る、また他の子の意見を聞いて
自分の感想を照らし合わせてまた何かを感じることが
出来るのではないか。


子どもが「読んで」と言ってくれるうちは
どんな長い本でも、時間がかかってもいいから
読んでやろうと思う。
自分で読みたいときは、自分で読めばいい。
読んでほしい時は読んでやればいい。

いやいや、
そうじゃない。
読んでやるのではなくって、
私が読みたいだけか。。



| 森脇文庫 | 15:15 |