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図書館通い

図書館へ出掛けました。




娘はいつも「うさこちゃん」を借ります。
そして家にある14ひきシリーズを読んで
自分が「くんちゃん」だと言われ、そのくんちゃんに
感情移入しながら読んでいます。
長男は「いっくん」で、次男は「ごうくん」に当てはめて。
昔、長男が小さい頃は「とっくん」だよと一番小さいネズミを
指さして読んでいましたし、
次男が小さい頃は、次男が「とっくん」でした。
みんな大きくなったなあと私だけしみじみしています。
お母さん役の私が、今後おばあちゃん、になるのかな。






他には、以前借りて娘が覚えていたようで
ワニさん借りる、と本棚から見つけ出した「ワニのライル」を
内容を知らずに読み始めたら
何だか胸がキュンとするような切ない話。
いつでもずるい人間が居て、でも、本来ずるい正確なわけではない。
誰だって生きるために必死で、苦しさや虚しさが良心を消滅させる。
でも最後は心に温かさが戻ってくるお話でした。

「文房具のやすみじかん」も、文房具を使うようになると
不思議が生まれて、その役割が知りたくなる。
ちょうど小学生の長男は、そんな感じなのでしょう。
面白いと読んでいました。

タイガー立石さんの「すてきにへんな家」は
みんなで楽しめる、変な家ばかり登場します。
それらは空想の家だけでなく、実際に存在する家が出てくるので
それが驚きですね。
どんな家に住みたいのか自分で考えるのも面白い。
そういう妄想する時間や絵に描く時間が子どもたちに
たっぷりあるといいなと思います。





図書館には、書店には並んでいないような本が
色々あって面白いので
これなんだろう読んでみようと気軽に手にすることが出来ます。
小さいころに読んだ本のタイトルを見つけると懐かしいし
親になって読みたいなと思う本を見つけると嬉しくなる。
古い本は買い求めようとしても在庫切れになっていることも多く、
それだけ売れていないということなのかもしれません。
出版社が無くなると手に入りません。

私が住んでいる場所は山間部の田舎ですが
図書館が近くにあり利用しやすいです。
書店にいこうとするなら遠出しなければなりません。
子どもたちがふらりと立ち寄る場所としての図書館で
あってほしいです。
子どもが体も心も休ませる場所というのは
最近はあまりないのかもしれません。
どこかで誰かに預かってもらわないといけない。
だから子どもたちは忙しい。


| 森脇文庫 | 15:05 |
ゆかいなヘンリーくん
最近子どもたちと読んでいるのが
「ゆかいなへんりーくん」のシリーズです。

この本は、本好きな子ではなくて外でいっぱい遊んでいる
わんぱくな子どもたちを主人公にして書かれたそうで、
内容は、本当に身近なところで起きることばかり。
登場人物も、パパ、ママ、同級生の友達、
少し年齢が上の友達、女の子の友達と妹、学校の先生、
お隣さん、近所のお店の店主さん、など、
出てくる人が限られているのでお話の中に入り込みやすいです。

子どもが過ごしている世界というのは
自分の家を中心として、その近所や学校。
そこらへんで起きる、日常のありふれた、ちょっとしたこと、
その、ちょっとしたことが大事件になったり
親からすると厄介なことになってくる。
子どもがもっているプライド、願望、欲、素直さ、冒険心が
盛り込まれています。
悪気はないんだけどなーなんて声が聞こえてくるようなお話。
読んでいても本当に吹き出して笑ってしまうので
次々と読みたくなります。

一冊にいくつかお話が入っていますが
絵が少ないので、一章読み終えるには時間がかかります。
それでも集中して聞いてくれています。
時々出てくるイラストのバランスも良い。
登場人物みんな憎めない性格です。








2冊読み終えて、いま三冊目を読み聞かせています。
| 森脇文庫 | 15:25 |
感想をダンスで
絵本から童話への移行時期に
幼年童話というものがある。
自分で読めるようになる喜びがそこにある。
しかしまだ長い文章を読む集中力や語彙力が足りないので
あまり文字数を多く出来ない。
一冊読み終えるという達成感が無ければ
次を読もうと思わないからだ。
対象年齢が小学生中学年と表記される本は
よほど本好きな子でなければ低学年では読めない。
または字を追うことはできてもそれが頭の中に入り
情景が浮かび主人公に感情移入をして、、
というところまでは難しいかもしれない。

でもこの中学年以降を対象としている本は
長いからこそ味わえる世界があり実に面白い。
話の筋は単純ではなく様々な登場人物の感情や行動が
後々のお話に響いてくる。読了後は
2時間たっぷりの映画を見たように、
はあーと魂が抜けていくような息が自分から出るようだ。
子どもが自ら「本って面白いね」と感じる瞬間ではないか。
この中学年以降の面白い本と出会うために
幼年童話があるのだと思っている。
スムーズにバトンタッチするように。

だから、低学年の内は本の感想なんて子どもに求めたらいけない。
もちろん本好きな子が自分の感想をノートに書いたり
人に伝えたりするのは素晴らしいことだが
文字を書くのが苦手な子どもが、本を読むたびに感想をもとめられたら
読むこと自体が面倒になる。
おしまい、と言って本を閉じたら、
「あー面白かった」と、子どもが言う。
それでいい。
小さいうちは、「あー面白かった」だけでいい。
むしろ、それがいい。
面白いが継続すれば必ず中学年になっても本を読む。
面白く感じなければ、何歳になっても本を楽しむことは出来ない。
どんな本でも図鑑でも写真でも漫画でも
「あー面白かった」があれば、いいと思う。


運動が大嫌いな私が、たとえば
人の勧めもあって山登りをして、
その時感じたことを、ダンスで表現してください、
なんて言われたら、ゾッとしてしまう。
苦手なうえに苦手なもので表現するなんて
もう二度と山登りなんてしようと思わないだろう。
私は読書も感想文も好きだったので苦ではなかったが
苦手な子からしたら読書と感想文はかなりの重荷だろうと思う。
そもそも読書というのは、誰かの為にするものでもない。
ただ自分が読みたいと思って読み終えればいいだけの話だ。
読みたくない人は読まなくてもいい。
自分の興味関心を深めたい人が読めばいい。
焦らなくてもいい。
読みたいときに読みたいものを読めばいい。
何にも縛られない世界だから。

そうして中学年以降になると
だんだんと「自分」というものを強く意識する。
そして「他者」を意識する。「親」を意識する。
様々な状況や感情の動きを読み取れるようになる。
その時にようやく読了後の「自分」の感想が生まれ
それらを文字に出来る、また他の子の意見を聞いて
自分の感想を照らし合わせてまた何かを感じることが
出来るのではないか。


子どもが「読んで」と言ってくれるうちは
どんな長い本でも、時間がかかってもいいから
読んでやろうと思う。
自分で読みたいときは、自分で読めばいい。
読んでほしい時は読んでやればいい。

いやいや、
そうじゃない。
読んでやるのではなくって、
私が読みたいだけか。。



| 森脇文庫 | 15:15 |
気のせいかなと




学校で過ごしていると
あれ、不思議だなと思うことがある。
でも、気のせいよね。
でも、偶然だよね。
あれ、何だったんだろう。
わかんないけど。
夢かな。
見たような、見ていないような。
ちょっと怖くなってきた。
でも本当かもしれない。
知っているの私だけ。
まさか、そんなことないよね・・


一話一話、そんな、「まさかね」の
気持ちが増えていく。
少し怖いけれどでもなんだかそこに気持ちが
乗っかっていて、あったかい。
良いも悪いもない中で考えながら過ごしている学校という場所。
子どもたちと先生。
先生以外のその他の大人はいない。
生徒以外のその他の子どもは居ない。
似ているような、それでも似ていない時間。
不思議が瞬間で顔を出す。でもぼんやりしてたら気が付かない。
しっかりとつかむことができない「不思議」な感覚が起きる。




岡田淳「びりっかすの神様」が面白かったので
次は「不思議な時間割」を図書館で借りてみた。
小学校を舞台に様々な小学生が登場する。
お話の内容も面白いし挿絵の感じが好きだなと思う。
過剰でもなくさりげなく、でも文章に添った必要な絵になっている。
読み聞かせているうちに次も読んで、次も読んでと言われ
一日で読み切ることが出来た。
他の作品もまた読んでみたくなる。



| 森脇文庫 | 15:22 |
埋もれて
小さな頃、読んだ記憶がないので
手に取って無かったのかもしれない。
大人になってから一冊ずつ集めているのが
岩波少年文庫のシリーズ。
絵が少ないけれど子どもに読み聞かせして
一緒に楽しんでいる。
こんなに魅力的なお話がたくさんあるということに驚いてしまう。
しかし本棚に並んでいてこれらを子どもが自然に手にとるか
といえば、難しい部分もあるかもしれない。
アニメのような挿絵でもなく、文字が多い。
背表紙だけ見て、それを本棚から抜き取って
最初のページを数行でも読むのか、どうか。
しかし一見おとなしいように見える佇まいの中に
本当に素晴らしいものが詰まっている。
個人的には、売れる本、売りたい本だけでなく
このような良本を作り続けている岩波の思いまで
感じ取ってしまう。


記念日に、岩波少年文庫版ランサム・サーガ全集をもとめた。
図書館で借りて一巻目を読み始め、これは
読んでみたい、と思った。
これからどんな冒険があるのかが楽しみで
今は読む時間はないけれど背表紙を眺めているだけで
もう一人で、顔がにんまりとしてしまう。
本に埋もれている時が幸せ。


| 森脇文庫 | 22:33 |
たいそう
「パンダなりきりたいそう」

この絵本は一度、図書館で借りて
娘が気に入ったのかまた棚から見つけて借りてました。
そしてページをめくっては
自分で同じポーズをする。
丸まったり、べったり床に引っ付いてみたり
腕を振ったり。
部屋で一人でそんなことをする娘の小さな体が
とってもあったかくて
とっても可愛くて
何とも言えない気持ちになってくる。

この瞬間が来年はもうない。
本当に今の、今の、今の瞬間だけだなと
その姿を見ながら嬉しくて、寂しくて
家事の手をとめて駆け寄ってしまう。






| 森脇文庫 | 22:48 |
もう瞬間的に



読み始めて、これは、もう面白いと瞬間的に思ったのが
「びりっかすの神様」という本。図書館で借りて
長男に読み聞かせていたのだが、それがもう読みやすく
面白く、先が気になって、文字を追えば追うほど
読むのを止めることが出来なくて、一気に一日で読み終えた。
子どもはよく何時間も集中して聞くことができたなと思う。
しかしそれくらい面白い。
この面白さは小学生になったからこそ、という感じだろう。

何でも点数で評価する先生。
テストでいつもびりになる女の子。
頑張って頑張ってがむしゃらに働いて倒れて死んでしまった父親。
もう頑張らなくていいという母親。
頑張ること、勝つこと、負けること、わざと負けること
本気で取り組むこと、本気で負けること、
何が正解か、何が勝ちなのか、何が負けなのか、何が頑張れなのか
そういう答えがないことを主人公もクラスの子供も先生も大人たちも
考えることになる。
本文では誰が悪くて誰が間違えなんていうことは出てこない。
少し右へ傾けば、それはズルしたことになり、
少し左へ傾けば、頑張ったということになる。
しかし自分はいつでも線の上にたっていて右へ行っても左へ行っても
自分には変わりない。
それじゃあどうなんだ、ということを
子どもの目線、大人の目線、先生の目線、びりっかすの神様の目線で
描かれているように感じた。

自分で読むには中学年から。
確かに4年生くらいで感じる学校に関連する様々なことが出てくる。
だから子どもも共感する箇所が多くどんどん読み進めてしまうのかもしれない。
声に出して読んでいる私も、読みやすくて話が気になって読むのが止まらない。
笑っちゃうところもドキドキするところも
何だか胸が締め付けられるようなところもある。
うまいな、と思うのは、
最初から「がんばれ」という言葉と父親の死が関係している。
そこから始まる。ああそうか、このお話はドタバタ劇でも、冒険のお話でもなくて
精神面を軸にした話として進んで行くんだなと、直感的に感じる。
だから目に見える小さな神様が出てきたときも、
頭の中で会話するという内容になってもそんなバカな、なんて思わない。
読みながらもう入り込んでしまう。

先生だって悩むんだし親だって悩むんだし
子どもだって悩むんだしどんな人だって悩むんだ。
答えなんてないけれどそれでも人がいるから起こること
人がいるから感じること、人がいるから気付くことがある。
そんなことを親になった私は感じました。


| 森脇文庫 | 22:47 |
図書館通い
少し前に図書館で借りた本。



やっぱり私は、ウィリアム・スタイグが好きなんだなと
しみじみ感じる。
家にあるスタイグの本はいつ読んでも面白い。
「ぶたのめいかしゅ ローランド」に出てくる動物たちの衣装も素敵だし
悪い動物は本当に、ずる賢い顔をしている。
でも、もしかしてそう悪いやつではないかもしれないな、なんて
一瞬思わせるところがいい。
絵はかわいいなんて感じではないが、
幸せそうな顔も、悲しそうな顔も、ちょっと悩んだような顔も
ああ、どれも本当に微妙な感情を描いてある。
人間くさいというか(豚ですが)、生きているにおいがプンプンしてくる感じが
面白い。


残りは娘が選んだ本。
娘はいつも「うさこちゃん」を借りる。
長男、次男の時は、全く「うさこちゃん」に反応しなかった。
「ぐりとぐら」や、「わたしのワンピース」にも反応しなかった。
娘はうさこちゃんの文章を覚えて一人でページをめくりながら
みんなに読んでくれる。
女の子は絵を描くときに、どんな時も何があっても、たいてい
正面を向いた女の子やお姫様を描く。と読んだことがあるが
こうして、いわゆる「かわいい」顔のものが好きなのかなと思う。


| 森脇文庫 | 15:13 |
制約


図書館で借りた「メロップスのわくわく大冒険」の本です。
メロップス家族がいろいろな冒険へ行きます。
ハラハラドキドキするものですが、何となく手に汗にぎる、、という
感じではなく、少しほのぼのしているところもあります。
どんな冒険をしても、最後はママがケーキを焼いてくれます。
無事に家に帰ってきた喜び、安堵が感じられる瞬間です。




作者はトミー・ウンゲラーで、
本の最後の説明を読むと、最初に出した本のようです。
若い作家の本に、たくさんの色を使わせることはできなかったとあります。
確かにカラフルとはいえない色合いの絵ですが、個人的には好きです。
メロップス一家の雰囲気が出ているように思いました。

他の絵本や児童書でも、制約があって作られた、という話をよく耳にします。
ページ数、色の使用数、本の大きさ、値段・・・
時代背景、様々な制約の中で生まれた本。
しかし制約があるということは、人は考え、手を動かし、神経を使います。
そこで生まれるものは、作家の編集者の、出版社の、印刷会社の、
様々な人の血と汗と涙と時間で作られているのかもしれません。



我が家にあるトミー・ウンゲラーの本は
「へびのクリクター」と「すてきな三にんぐみ(ミニサイズ)」です。
どちらも、ちょっと怖くて、でも優しい気持ちになる本です。


| 森脇文庫 | 16:07 |
ゴフスタイン,M.B.
以前図書館で借りた、
『ピアノ調律師』ゴフスタイン,M.B.の本を
もう一度借りました。

ゴフスタイン,M.B.の本をすべて読んだことはないのですが
文章がとても丁寧で、読みながら登場人物の一つ一つの動作が
目の前で起こっているかのような印象を受けます。
時々絵描かれている挿絵も、派手ではないのですが
その繊細な線が動き出すようです。それも静かに。
目で字を追わなくても耳で聞いているだけで
それぞれの人の心の動きまでも伝わってくるように思いました。
一歩一歩とても丁寧に進んで行くお話、と挿絵です。






家にあるゴフスタイン,M.B.の本は、『ゴールディーのお人形』です。
真っすぐな気持ちというのは、こういうことかと感じます。
激しい衝撃が起こるわけではないのですが
本当に静かにじわじわと丁寧に心が動きます。
何度も読み返したくなる本ですが
子どもの頃に読むのと大人になって読むのと
親になって読むのと、
それぞれの感じ方があるのだろうと思います。

| 森脇文庫 | 14:49 |
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