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黒ねこジェニー


黒ネコのジェニーのシリーズの本を図書館で読んでから
このお話や赤、白、黒を基本とした挿絵に惚れて
三冊、我が家の本棚に並ぶことになりました。

黒ネコのジェニーはキャプテン・ティンカーのおうちにいる子ネコです。
ジェニーがキャットクラブに入るお話や、
ネコの学校に入ったけれど嫌で逃げ出したり、
しょうぼうネコのピックルズ、他の仲間たちと一緒に過ごす日々が描かれています。
最初は少し怖がりのジェニーでしたが、お話が進むにつれて
気持ちが強くなっていくのがわかります。




カバーのイラストもかわいいのですが
カバーを取っても素敵な装丁で本を持ち上げた時の
少しざらっとした質感がいいなと思います。
お話1のカバーも素敵でしたが気づいたら娘が破っていました。


そして三冊を読み終えて、
またある日に図書館で、このジェニーシリーズの絵本を発見しました。
淡々と過ごしているジェニーのお話に合った挿絵と色合いでしたが
こちらはカラーで、とっても華やかです。
お話は今までの読み物の中で出てきた物事が、少しづつ集まったお話になっていますので
読み物を読んでから出ないと、この絵本は成り立たないでしょう。
こちらの本を調べてみるとすでに絶版でした。
なんとかなんとかなんとか探し出し、こちらの絵本も
我が家の本棚に追加されました。
私が一人勝手に幸せな気持ちに浸っております。






本が継続して出版されるということは
たとえ良本であっても出版社の力が必要なのだと思います。
売れる本と名作として残すべき本と。
残したい本があったとして、そのためにも
いわゆる、売れる本、が必要になってきます。
出版社自体が無くなってしまえば、その本も無くなってしまうのです。
たとえ今子どもが手にしない、読まない、という本があったとしても
残すべき本というのは存在させないといけません。
そのためには、やはり、大人の力がいるのです。

| 森脇文庫 | 14:56 |
めいたんていシリーズ
家族で最近好きになっていた
ぼくはめいたんていシリーズの本を
長男が学校で借りて帰ってくれます。
やっぱりどれもこれも面白いです。
謎解きの面白さもありますが主人公とその友人たちの
性格がそれぞれに癖があって、
ドタバタしているわけではないけれど
読みながらわくわくしてきます。
無くなったものは、空箱や二塁ベースにしていたたこの人形、
犬のマクラカバーだったり、変な大きなプレゼントだったりする。
子どもの中では宝物で、これがないとだめなんです。
だからネートに頼まなくちゃいけない。
毎回ネートがママに置手紙を残すところがある。
そこからスタートする、ネートのお仕事!

文章は長いけれどどのページにも絵があるので
飽きずに最後まで読み進めることができます。
このシリーズは本当に面白いなと思います。




| 森脇文庫 | 15:43 |
図書館通い
とても久しぶりに図書館へ行きました。
長男が入学したこともあり、最近はふと
自分が小学生の頃に読んでいた本を思い出し
そのタイトルや表紙の絵が目に留まるようになりました。


この日に借りた本の一部です。


「黒ネコ ジェニーのおはなし」を読んでいると、
途中でピックルズという猫が登場する。
子どもたちが「えー」と声をあげる。
ピックルズというのは、「しょうぼうねこ」に出てくる猫なのです。
読みながら絵が似ているなと思っていたのですが、
作者が同じでした。
まさか猫の世界で交流があったとは驚きました。
続きを読んでみたいなと思う本でした。

「ジークの魔法のハーモニカ」は
私が個人的にウィリアム・スタイグが好きなので、つい借りてしまう。
この作者の本は家にも何冊かありますが、まだ知らない本がたくさんあるので
図書館の棚で見つけた時は嬉しくて、借りてしまう。

ジークは魔法のハーモニカを手にするのだけど、
それから不思議な世界へどんどんと進んで行くという感じではなく、
現実的な部分があるのが面白い。
かわいさだけで一括りにしない。
生きている人なら(ここでは豚)感じる様々なこと、
それはきれいなことだけではなく憎しみや怒りもある、
そのような、いまここで生きているんだ、というにおいがする。
でも気が滅入ってしまうくらい重たい空気はない。
ドキドキはらはらしながらも面白くて心が温かくなる。





「ぼくはめいたんてい」シリーズは、
以前借りて面白かったので別のお話を借りてみました。
事件が身近でおきていて、無くしものも友達の間だとか、犬のこと、
近所や友人宅を訪れながら解決していく。
ママも大人たちも出てこないのがいい。


「クリスティーナとおおきなはこ」は
大人にとっては汚い箱なのに子どもにとっては、なんにでも変化する箱。
子どもがもつ発想力や世界を作っている想像力に驚きます。
悲しいのは、自分がもう大人になって親になってしまったことで
子どもの目線でわくわくして読めない。
母親が言う「もうこれはいらないわね」、の側に
いつの間にか自分がいるということが悲しい。

どの本を読んでもどうしても冒険する子ども自身になるのではなく
それを見つめる母親として読んでいる。
本というのは、本当にあらゆる部分から読むことが出来るのだと感じる。
だから何度読んでも心が震えるのかな。




次男が迷路が最近好きなので迷路の本を数冊借りて、
家で飼っているカブトムシの幼虫について調べるのだと、この図鑑を借りた。
家にある昆虫の図鑑には載っていないより詳しいことが載っていましたが
幼虫の写真を見るのが怖いので、息子たちにまかせている。


他にもいろいろあったが、
気になる本を手にして読んでいる時が嬉しくて幸せな気持ちになる。
私の下手な運転で行ける距離に図書館があったことに感謝。
また行こう。



| 森脇文庫 | 23:00 |
福音館書店 母の友 2016年4月号


福音館書店「母の友」2016年4月号
てがみでこんにちは に掲載されました。






| 森脇文庫 | 15:59 |
福音館書店 母の友 2016年1月号



福音館書店 母の友 2016年1月号
「こどものひろば」に次男のことばが掲載されました。
表紙をめくった裏側です。




| 森脇文庫 | 14:51 |
整理

以前は読まなかった、手に取らなかった本が
いまは好きと言える。
年齢や環境によって見方が変わるのかもしれない。
ものごとを見る、感じる、そのような視点が変わる。
いや、変わるというより、増えるのかもしれない。
子どもがいることで自分一人ですることは減ったが
子どもがいることで増えたことも沢山ある。
視野が広がり、新しい発見もあった。
ウィリアム・スタイグの本もそのひとつ。
きっと自分が小さな頃には出会わなかった本で
子どもが自ら手に取るような本でもない。
表紙を見て、派手さも力強さもない。
けれどその中にある世界がしっかりとしていて強い。
大笑いをするでもなく、くすっと笑うでもない。
じわじわっと本を閉じた後でくる笑いがある。
そしてその物としていきる本能が必ず描かれている。
豚はあくまでも豚であり、ロバはあくまでもロバ。
狼はどうしたって狼に違いない。
擬人化された動物ではない。
作られたお話であることは分かるが
それと同時に生き物の本能が引っ付いている。
面白いが怖い。怖いような面白いような。
そんなことをあっさりとした絵で描いている。
私がウィリアム・スタイグの本を個人的に気に入ったので
何冊か本棚に追加した。
大人として読む自分と
子どもとして読んでいる我が子の見方は異なるだろう。
子どもとして読んだら、どのような心境になるのか、
そういうことを考えながら、本棚の整理をしている。
| 森脇文庫 | 15:16 |
ドロシー・マリノ

「くんちゃんのがっこう」等のくんちゃんシリーズの本はどれも気に入っています。
ドロシー・マリノが描く世界の子どもや大人は、いつも
それぞれの距離をもって他者と接しているように感じます。
子どもが夢中になってやる様々なこと、それは
大人からすれば無駄なようなことだったり、意味の無いようなことだったりする。
しかしそれを、お父さんは「やってみなさい」「やらせてみなさい」と言う。
くんちゃんはやってみたいと思うようなことを真剣に取り組んでいますが
それはくんちゃんただ一人でやっているわけではなく
いつでもお母さんがいて、お父さんがそばにいる状況で過ごしています。
直接一緒にするわけでもないけれど、お父さんが薪割りをしていたり
お母さんが洗濯物を干していたり、どこかへ行くにしても
家のすぐそばで遊び、また走って帰ることができる場所にいます。
勝手にやらせるわけではなく、いつでも大切に思ってくれる親の居場所がわかって、
親の匂いがそばにある。
だから子どもは夢中になれるのではないかと思う。

私はこれらの本に大人になって、親になって出会ったので
もう、くんちゃんの目線で読むことは不可能だ。
母親として読んでいる。
くんちゃんのその目の先にある、大人には見えない何かが輝いて
それに近づこうとする子どもの姿、
その気持ちを大切にしたいなと思います。
くんちゃんのように挑戦する、夢中になるのに必要なのは時間。
自分で疑問にもったり、試行錯誤してみたり、考えたり、行動してみたり、
そこから自分なりの楽しみが湧き出てくる。
そのためには子ども達にそれだけの時間を作ってやりたい。
この時間は、一人で放っておかれる時間ではなく、
大好きな人たちの眼差しを感じながら安心して過ごす時間のことだと思います。
特別なこともでも派手なことでもない。
日常の中にある家族の匂い、存在が感じられる時間。
そこで自分の中から素直な感情が湧き出す。
幼少期だからこそ出来ること、それを大切にしたいなと私は思っています。

くんちゃんシリーズ以外のドロシー・マリノが描く世界も
温かくて真っ直ぐで素直で、とても好きです。

| 森脇文庫 | 15:29 |
それでもちょっと

数年前、森脇靖が
これちょっと癖がある本だから、とか
言われながら差し出された本が、
読んでみると本当に癖があってややこしくて強くて、
最初はもう読みながら嫌になってきていたが
いつのまにかその癖というか強さというか優しさというか
真っ直ぐというか、本気である部分とか全体とか
その人の、その人全てが気になってしまい、
そこから本棚に一冊ずつ増えていき、
森脇靖が知らぬ間に全集を買い求めてしまった。
本を読み始めると、頭を使い考えて、話し始めて
話し込んで、また頭を使い、あれかこれかと
物思いにふけることが増えてしまう。
読み続けることは私の今の日常では無理なのだが
ふと見ると本棚の全集のうちの一冊が抜けていて
それが製陶所に置いてあったりして
森脇靖も本を読み続けるということは
今の日常では無理なのかもしれないのだが
それでもちょっとした時に一語でも一文でも
一頁でも、読んでいるのかもしれない。

| 森脇文庫 | 15:10 |
読み聞かせ
私は昔から読書が好きだったので
長男が生まれた時、これから一緒に絵本が読めることに
心躍らせていた。
どんな本がいいのか、これがいいか、あれがいいのか、
赤ちゃん用の絵本を買ったり、子どもの反応に気にかけたり、
今思えば、本を読むということに気合が入りすぎていたように思う。
そこに「自分が楽しむ」気持ちが無かったように思う。
読み聞かせに対して堅苦しく考えすぎていたのだ。
赤ちゃん絵本に限らず、最初はお母さんが本に対して楽しむ気持ち、
自分が幼い頃に読んだ本、自分が読んでみたい本、この絵好きだな、とか
そういう自分の心が揺れた本を声に出して読むこと
それが読み聞かせの第一歩のような気がします。
読み手である母親、父親が楽しいと言う気持ちがあれば
それはきっと子どもにも伝わる。

次男が誕生してからは、次男だけに向けた時間というものは無く、
家族としてみんなの時間が流れるようになる。
だから長男が読んでほしいという文章が長い本を読んでいた。
次男は赤ちゃんの頃から私に抱きかかえられ、
また授乳中に、また膝の上に座りながら
本を読む私の声を聞いていたことでしょう。
本の内容を理解して本が楽しいと思うのはもっと年齢を重ねてからだと思う。
次男は本の中身が楽しいのではなく、兄と母と一緒に時間を共有している、
そういうことが本に対する楽しさや安らぎに繋がっていっていると思う。
だから本を読むことはいい、と言われるのだけど
それが勉強とか教えとかになるのではなく、親子の触れ合いのためのものだ。
足の裏をこちょこちょしたり、顔を近づけたり、抱きかかえたり、
話しかけたり、笑顔を見せたり、そういうことと同じ。

読み聞かせの会というと、対象は子どもと思いがちだか、もっと
お父さんお母さんも本に触れ、楽しいと思える機会があればいいなと私は思う。
我が子にとって良い本、ではなく、
自分が好きな本、楽しい本を我が子に読みたい、
子どもに読んでやるではなく、自分も一緒に読みたい、
と思いながら読み聞かせをしています。
そうしているうちに子どもも自分の好きな本が出てきて、
私が何となく苦手だなと思える本も読んで、と持ってくるようになる。
そこから私も新発見があったり、新しい喜びと出会えたりする。
子ども達に、良い本がいっぱいあるから読みなさい、ではなく
この世の中には自分が好きだと思える本がきっとある、という幸せを感じてほしい。

| 森脇文庫 | 11:21 |
シャーロット・ゾロトウ
私がゾロトウを知ったのは「かぜはどこへいくの」です。
子どもを産み育てている間に読み直しているうちに
以前は気が付かなかった、作者の子どもにたいする眼差しや温かい視線が
私の心を揺さぶりました。
きっと私が母親になり、母親の目線で読むことで
日々の生活や子どもと照らし合わせ、共感できる部分が多くあったからでしょう。
「にいさんといもうと 」「ねえさんといもうと」「いっしょってうれしいな 」
「春になったら 」「こうえんのいちにち」「まっててね」「おかあさん」
「いっぽ、にほ」「あたらしいぼく」…と我が家の本棚に
一冊一冊ゾロトウの本が増えていきました。

ゾロトウが書く本は、子どもが自分で手にして読むというより
母親や大人が子どものために読んでやる本だと思いました。
子どもに語りかけるような優しい文章と
子どもの心の些細な変化にスポットをあてた内容で
特別な主人公や派手な事件が起こるわけでも、賑やかな場所でもありません。
母と子の日常、兄弟、姉妹、友人との日常なのです。

純粋な心を持つ子ども、その反面、ズル賢かったり拗ねたりする部分もあり
思いと反対に意地悪をしたり、反発することもある。
それらを含め、子どもという生き物を愛し大切にしている眼差しで
幼きものの成長を包み込んでいるようにも思えます。
子どもの心は、大人がどのように接するかで消えてしまったり、
また自分の成長になったりする、とても大切にすべきもの。
そのような心を私たちはみな、子どものとき持っていましたが、
大人になり親になると忘れてしまいます。
子どもが発する言葉、繊細な心の揺れ、行動を丁寧に表現されているように思いました。

絶版になっている本もありますが
書店に並ぶ派手で目立つような本に埋もれませんように。
私の大切にしたい本です。




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